バリ島中央山岳 ドライブ  第一話 マルカの墓地

 バリ島の中央山岳を 12時間で一周 のドライブ     

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 マルカの墓地 


第二次大戦の後 インドネシアはオランダから独立を決意  独立戦争で戦います。
終戦で残留した日本兵が独立戦争に加担したを私は映画「ムルディカ」を見て知っていす。

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画像↑ 独立戦争の英雄 ウ・グライ将軍の墓地
デンパサール空港はの正式名は 将軍の名前が付いた ウ・グライ空港です。


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画像↑ 独立戦争では農民兵 女性兵も戦いに参加  
銅像の中央には女性兵士


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画像↑ お猿さんも鷲も戦った


私の実父は昭和18年 12月18日までジャカルタに駐留しています。
バリ島のマルカ墓地に日本人兵士が祀られていると息子から聞き、今回、帰国前に行きたいとの願いから実現しました。
シンガポールの日本人墓地へは2年前に参拝しています。
血の流れと言うのか黙っていても息子が情報を収集してくれます。私の思いが通じます。

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画像↑ 日本語の墓標を見つけました。
お隣の長崎です。手入れが行き届いたきれいな墓地  供養のも日々、なされています。ウ・グライ将軍の後です。きっと地位ある兵士だったのです、異国の地ではありますが大事に葬られているのだなーと理解しました。


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画像↑ 帰国前に参拝出来て安心しました。
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亡き父が戦前に暮していた地に私がインドネシアで暮すのも何かの縁です。
マルカの墓地に参拝が実現出来たのは嬉しいです。
残るはスマトラのバレンバン  マレーシアのイポ   サンダカン の訪問です。



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画像↑ 墓地と言うよりバリ島の歴史が感じられる公園

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画像↑ 戦死した人々を大事に祀ってあります。
広大な敷地  手入れが行き届いた墓地公園
リゾート地と異なる顔のバリ島を見ることが出来ます。


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画像↑30年、墓地を守る墓守りさん
つい最近、日本から18名の年配のグループの参拝があったと聞きました。


マルカの墓地をあとにして一路   いくつもの山が棚田をなす ジャティルウィ 村を目指します。
ジャティルウィは「本当にすばらしい」の意味

第二話 ジャティルイ村の棚田は帰国してからブログUP します。



2月6日 未明  ガルーダ航空にて関西  福岡  熊本
熊本着は夕方の17時頃になる予定です。
2月7日 8日 天草の成合津のハーバーのヨットです。
ヨットではネットが使えません。
バリ島もネットが不安定です。

最悪の場合は暫く更新出来ない可能性もあります。

落ち着きましたらバリ島滞在9ヶ月の回顧緑&熊本滞在&熊本の食卓のブログをUPして行きます。
バリ島へ戻るの3月10日前後を予定しております。

更新のない 団塊ibu のブログへ要望・感想のコメントを残していただくと嬉しいです。
よろしくお願い致します。


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画像↑ クレジット会社のTVコマーシャルで日本人熟年夫婦がバイクで二人乗りしている場面がこの棚田です。絵になるコマーシャルが今では全世界に流れていると聞きました。


本日の僕ちん  ランでーす。
ibu おかちゃま 「僕ちん  バァック イヤーだ いちゃだーめー」

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この記事へのコメント

もこ
2009年02月05日 07:31
ラン君怒ってる・・・><
本日出国でしたか、失礼しました。
今日はゆっくりラン君と散歩かな?
ちょびれ
2009年02月05日 09:23
ibuさんがバリに今居る理由、偶然ではなく必然かもしれませんね。縁は不思議、繋がっているのやもしれません。ご帰国前に参拝が叶いほっとされたでしょう。安心してお帰り下さい♪ラン君見ると胸が痛い(T_T)
2009年02月05日 09:31
もこ  様

昨夜のバリ島は嵐でした。
本日もどんよりして今にも雨が降りそうです。

今夜は嵐にならないことを祈って帰国に備えています。
寒い日本には気分が滅入ります。気温差30度以上ある場合を考えますと体が凍てつきます。
もこさんは逆ですね。お互い、気温差には気をつけましょう。

ibu
2009年02月05日 09:40
ちょびれ様

戦前、父はシンガポールにも駐留していました。
幼心によくシンガポールン、ジャカルタの話は聞いていました。日本人墓地を訪れたい願いを息子に話したは定かではないのですが、息子が情報を収集してくれるのが嬉しいです。帰国前でしたが昨日、思いって行ってきまました。希望が叶い嬉しいです。
ibu
Maru
2009年02月05日 10:21
Ibuさん、
今日、帰国ですね。寒さには十分注意して、日本の幸をいっぱい味わって来て下さい。お土産話、帰ってきたら聞かせて下さいね。
マルカの基地には行った事が無いので、今度彼女と行ってきます。めっちゃ興味深いっす。いつも彼女とはよく大戦後の日本に対する不当な世論等について話をします。アメリカのほうがよっぽど理不尽な事をしている国なので特に彼女とは熱い話になってしまいますが。。。
海外で生活を続けていると、僕は特に日本人としての誇りを強く感じます。誇るというよりも、日本人として当たり前の行動だったり、食だったり、相手に対しての礼儀だったりと様々ですが、これも日本を離れているからより強く感じる事なのかもしれません。
こっちに戻ってきたら、僕のお勧め観光地、紹介しますね。きっともっとバリが好きになりますよ。
Have a marbelous day & great flight, see you soon , Cheers XXX
2009年02月05日 10:52
Maru さん

マルカの戦没者墓地は戦争とか歴史に興味がない人でも行く価値がある場所です。

戦争、特にオランダ植民地から日本が占領し独立への道を歩いたインドネシアを知るには非常に重要なポイントをここで垣間見ることがあると思います。
Maru さんのお奨めスポット、バリ島へ戻りましてからの楽しみにしています。包丁、切れ味抜群、私の料理の腕が上がりそうで嬉しいです。大事にします。↓も覗いてみて下さい。ibu

http://smcb.jp/_mp00
ビンタン
2009年02月05日 11:30
私も あそこでは 自然に涙がでてきました。
調度 小学生の遠足の日だったので 尚更です。
独立戦争があって 今のインドネシアがある。そのことを 小さな子供たちも 思い続けてるって 素晴らしいと思いました。
2009年02月05日 11:55
ビンタン様

コメント有難うございます。
マルカの墓地にはすばらしいバリ島の光景がありますよね。
私も身が引き締まる思いがしました。

墓守りさんは寡黙な人でした。
でも、心惹かれる人でした。
本日、日本へ一時帰国します。
バリ島へ戻ったら団塊世代の親は何らかの形で戦争に加担しています。
その思い次世代へ伝えていくのも私どもの使命ではと最近、強く思います。

ibu
ジャワ通
2013年04月21日 00:21
荒木さんは元海軍上等兵曹、海軍警備隊の所属でした。
いわゆる海軍版の憲兵さんですね。 荒木さんと松井さんは戦争中は役目柄、現地民に対しても厳しい態度で応じた。 だが独立戦争では全てインドネシアのためと全身全霊で戦った。 独立戦争中は現地民も過去は水に流し、荒木氏を非常に信頼し、尊敬していたそうです。

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